年を取ると記憶力が衰えるという話はよく耳にしますが、その原因について誤解があるかもしれません。脳科学者のキャロル・バーンズ博士の研究などから、記憶力低下のメカニズムと対策が見えてきました。
記憶力低下の真実:脳細胞は減らない!
長らく「年を取ると脳細胞がどんどん死んでしまい、記憶力が落ちる」という俗説が信じられてきました。しかし、最新の脳科学研究では、この説は否定されています。
- 脳細胞の数はほとんど減らない: 正常な老化の過程では、海馬を含む脳の主要な領域で神経細胞(ニューロン)の数はほとんど減りません。40代でも、若い頃とほぼ同じ数のニューロンを維持できています。
- 動物でも同じ: ラット、マウス、サル、人間といった様々な動物での研究でも、加齢による海馬の神経細胞の減少は見られませんでした。
つまり、記憶力低下の原因は、脳の構造が物理的に崩壊することではないことが分かっています。

記憶力低下の本当の原因:シナプスと脳回路の変化
脳細胞の数が減らないのであれば、なぜ記憶力は低下するのでしょうか?
その鍵は、ニューロン同士の繋がり方や情報伝達の仕組みにあります。
シナプスの変化:
脳内では、ニューロン同士が「シナプス」と呼ばれる接合部分で情報をやり取りしています。
学習や記憶の形成時には、このシナプスの強さ(伝達効率)が変化します(これをシナプス可塑性といいます)。
加齢による記憶力低下の背景には、このシナプスの量や強度の微妙な変化があると考えられています。
特定の回路での変化:
老化の影響は脳全体に一様に起こるのではなく、脳内のごく一部の回路に限定的に現れることが分かっています。
例えば、海馬の入り口にある「歯状回」という領域では、外部から来るシナプスの一部が減少しますが、残ったシナプスは若い頃より強力になっている可能性も指摘されています。
サイレントシナプスの増加:
海馬の出力側にある「CA1領域」では、シナプスの総数自体は変わらないものの、シナプスの受け皿部分のサイズが縮小し、物理的には存在していても休眠状態になっている「サイレントシナプス」が増えることが示唆されています。
これは興味深い発見です。
つまり、老化によって記憶力が低下しても、脳の物理的な配線自体が消えているわけではなく、脳の一部が休眠状態になっているだけかもしれないということです。
これは、働きが鈍ったシナプスを再び活性化できれば、記憶力を回復できる可能性があることを示唆しています。
記憶力を維持・向上させる具体的なメソッド
キャロル・バーンズ博士は、記憶力低下のメカニズムを踏まえて、記憶力を維持・向上させる具体的なメソッドを提案しています。
1. 5分の呼吸法:
ストレスは記憶力に悪影響を与えます。深呼吸をしてリラックスすることで、記憶の司令塔である海馬への血流が促進されると考えられています。
2. 就寝前の30秒の振り返り:
脳は睡眠中にその日の記憶を整理し、重要な情報を長期記憶として定着させます。
寝る前に、覚えておきたいことやその日にあった出来事を30秒程度でさっと振り返ることで、脳はそれらを「重要な情報」と認識し、長期保存に回してくれる可能性が高まります。
3. 週2回のスロー想起:
例えば英単語を覚えた場合、1週間に2回、時間を決めて何も見ずに思い出してみましょう。
このように「思い出す」という行為自体がシナプスを再び活性化させ、記憶の減衰を抑える効果が期待できます。
その他の有効なアプローチ
海馬の神経新生を促す:
海馬の「顆粒細胞」は、成人期にも新しく生まれる数少ないニューロンです。
運動や知的刺激によって、この新しいニューロンの生存・定着率が上がることが分かっています。
有酸素運動や新しいことに挑戦する学習なども、海馬の神経新生を促し、記憶回路を強化してくれるでしょう。
これらのメソッドを日常生活に取り入れることで、年齢とともに記憶力が低下するという一般的な認識に対し、前向きに取り組むことができるかもしれません。

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