皆さんも御存知の通り、今夏のパリオリンピック柔道女子で、優勝候補と言われていた阿部詩選手が、2回戦でディヨラ・ケルディヨロワ選手に一本負けしました。
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その直後、「えっ?何が起こったの?」と言った表情を浮かべ、その後両手で頭を抱え、糸の切れた操り人形のようにうなだれ、呆然としていましたよね。
その後、叫ぶように泣き始め、やがては大きな体育館に響き渡るような鳴き声が続くのでした。
やがて立っていることができずに、コーチにしがみつくようにして泣いていました。
泣くというより、まさに慟哭という文字がふさわしいような悲しみの声でした。
(「慟哭」または画像をクリックして下さい)
毅然とした態度をとるべきとか
相手の勝利に敬意を払えとか
世界ランク1位のディヨラ選手に失礼だろうとか
色々とご意見はあると思います。
だけど、仕方がないですよね。
詩選手だってそのへんの常識は持ち合わせてるいるでしょう。
だけれども、精神が一時的に崩壊したような状態で、いったい何が期待できるでしょうか。
僕たちはいろいろな価値観を設定して生きているので、
なにかに失敗したり挫折したら、別な価値観を満たしてごまかします。
自分を追い込まないように、だましだまし生活しています。
しかし、詩選手の場合は日本代表として、東京オリンピックのあと、パリオリンピックでも兄妹で金メダルをとるということ一点に価値観が集約されていたのでしょう。
そのために、この3年間を金メダルをとることだけにささげ、そのために生きてきたと言っても過言ではないでしょう。
その自分の価値観の土台が、まさかの2回戦で消えてしまったわけなので、そりゃ困惑しますでしょう。
自分自身の全否定です。これはつらい。
極論すると、「自分は何のために生きているのかわからない」状態に陥ったのではないでしょうか。
プロゴルファーのジェイソン・デイ氏の記事を読んで、なるほどなと思うところがあったので、ご紹介いたします。
阿部詩の2回戦敗退を会場で観戦したジェイソン・デイ「オリンピックの見方が完全に変わりました」
(みんなのゴルフダイジェスト)
4年に一度のスポーツの祭典オリンピック。
ジェイソン・デイは前々回のリオ大会の出場権を持っていたが(当時世界ランク1位だった)ジカ熱を懸念し出場を辞退した。
前回の東京五輪では出場権を得られず、今回初めてオーストラリア代表として競技に参加する。
これまでオリンピックは彼にとって最優先事項ではなかったが、16年の大会を辞退したことを「いまはすごく後悔している」という。
そのワケは柔道で金メダル確実といわれた阿部詩が2回戦で敗れたことに起因する。ジェイの心を揺り動かしたものとは?
パリを訪れたデイがもっとも衝撃を受けたのは女子柔道52キロ級の試合を観戦したときのことだった。
東京五輪の金メダリストで世界中の柔道ファンが注目する阿部は2回戦でまさかの敗退を喫した。
負けた瞬間、驚いたような表情を浮かべその後顔を覆って抱え立ち上がることもできず号泣。
コーチにすがりついて泣き叫び、彼女の声はアリーナ中に響き渡った。
その瞬間デイが感じた痛みは「48時間以上消えなかった」という。
「柔道を観て、負けた彼女が発した痛いほどの感情。彼女が崩れ落ちる姿から、国を代表するだけでなくメダルを獲得しようとすることがどれほど意味のあることなのかに気づかされました」
「我々ゴルファーは今週負けても来週また試合に出れば勝つチャンスがある。しかし彼女にとっては4年に一度しかない。もちろん他にも試合はあるけれど、五輪のメダルを獲得するチャンスは4年に一度しかないのです」
「アスリートが敗北を乗り越えようとする感情の発露。それを目の当たりにしてオリンピックに対する自分の感情や見方は間違いなく変わりました。今週ここで競技に出る機会を得られたことに心から感謝しています」
オリンピックのゴルフはともすると軽んじられる傾向がある。
メジャー大会には世界のトップが揃うが五輪は世界ランク1位から三桁台まで幅広い層の選手が出場する。
真のナンバー1を競うわけではない、というのだ。
しかし地元フランスのマシュー・パボンは「ここ(フランス)ではメジャー勝利より金メダルのほうが価値がある」という。
アスリートが向き合う冷酷で厳しい現実。
失敗の痛みがいかに大きいかを物語った阿部の敗戦。
見ていて辛い場面も「メダル以上に人々の心に感動を呼ぶものだ」とデイは気づいた。
2024-07-31
川野美佳